【意訳版現代語訳】天の巻 ホツマツタヱ9文 八雲討ち 琴つくる文
ホツマツタヱ9文の現代語訳を「読みやすさ」と「まとまり」を重視して意訳しました。
詳細な逐語訳や原文を確認したい方は、冒頭のリンクから個別ページを参照してください。
ホツマツタヱ 9文のあらすじ
天(中央政府)を追放されたソサノヲによる根国でのヤマタノオロチ討伐と、イフキヌシの助力によるソサノヲの天への復帰。さらにソサノヲの嫡男・クシキネ(オホナムチ)がオオモノヌシとなり、スクナヒコナと共に国造りをする過程などが記されている文(あや)です。
1. ソサノヲの放浪と根国への漂着
皇族の身分を剥奪されたソサノヲは蓑笠をまとった惨めな姿となり、孤独な放浪の末にネ国へと辿り着く。弓削のツルメソの家に身を寄せて雨露を凌ぐが、その身には生まれ持った業(シムノムシ)が未だに騒いでいた。
2. ヤマタノオロチの脅威とイナタヒメ
ヒカワの地では、怨念から化成したヤマタノオロチ(モチコ・ハヤコ・アメノオシヒら)が蔓延り、アシナツチ夫妻の娘たちが次々と犠牲になっていた。最後の一人となったイナタヒメを救うため、ソサノヲはイナタヒメとの婚姻を条件にオロチ討伐を志願する。
3. ヤマタノオロチ討伐と誓約(うけい)の勝利
ソサノヲは八絞りの酒でヤマタノオロチを酔わせ、見事にこれを斬り伏せた。その後、イナタヒメとの間に男児オオヤヒコを儲けたソサノヲは、姉ヒルコのもとを訪れ、かつての誓約に勝ったことを宣言する。しかし、ヒルコに未だ残る心の汚れを指摘され、再び根国へと戻った。
4. ソサノヲの復帰
タカマ(中央政府)ではムハタレ(反逆者の軍勢)の蜂起に苦慮していた。アマテルに討伐を命じられたイフキヌシは、その道中で反省し涙を流す叔父・ソサノヲと再会する。ソサノヲの忠義を汲み取ったイフキヌシは共に敵(アメノオシヒら)を討つことで罪を晴らすよう促した。これが血の絆(シムノヨリ)である。
5. 官軍の勝利と琴の起源
ソサノヲを加えた官軍はハタレを鎮圧した。この勝利を祝い、アマテルはワカヒメ(ヒルコ)に六弦琴(ムユツゴト)を授ける。琴の各弦には討伐の手段に由来する名が付けられ、八雲打ち(ヤクモウチ)の奏法が確立された。
6. 出雲の確立と八重垣の歌
多大な武功を挙げたソサノヲは、正式にサホコ国の国守(公務員)に任命され、天への復帰を果たす。地名を「出雲」と改め、妻のイナタヒメのために詠んだ「八雲たつ」の歌をヒルコに捧げた。これにより、ソサノヲは「八雲打ちの琴の奏法」を授かり、一族の繁栄を誓った。
7. クシキネ(オホナムチ)の誕生と国造り
ソサノヲとイナタヒメの間に奇跡の顕現たるクシキネ(オホナムチ)が誕生する。クシキネはタケコ(タギリヒメ)を妻に迎え、後に出会ったスクナヒコナと協力して、病の治療や害獣・害虫の駆除を行い、民の生活基盤を整えていった。
8. タカコ・オクラヒメによるヒルコへの奉仕
オホナムチは、稲を枯らす害虫を駆除する術を娘に学ばせるため、娘のタカコをヤスカワのヒルコのもとへ送って奉仕(弟子入り)させた。また、アマクニタマの娘・オクラヒメも同様にヒルコに仕えることになる。ヒルコは二人を側に置き、琴の奏法や和歌を教えた。
9. オホナムチの功績
オホナムチは倉庫を整備して食糧の備蓄の道を確立した。これによって民を飢えることは無くなり、出雲は豊かになった。また、オホナムチは多くの子を儲け、出雲の繁栄を盤石なものとした。
10. ヒルコの薨去
ヒルコは天命が尽きる前に、タカコに琴の奏法を継承して「タカテルヒメ」の名を与え、オクラヒメに和歌の奥義を継承して「シタテルヒメ」の名を与えた。ヒルコは薨去した後にワカ国のトシノリカミとして称えられた。
意訳文
ソサノヲが根国に到る
下層の身分へと落ちたサスラヲ(ソサノヲ)は、天の畏れて(雨を懼れて)蓑笠をまとって孤独に放浪したが、蓑笠を脱いで安らげる宿すら見つからなかった。そのような惨めな生活を経て、ソサノヲはようやくネノクニへと辿り着いたのである。
そして、サホコ国の弓削の疎守(ソシモリ)・ツルメソの家へと転がり込んだ。こうして雨露を凌ぐ宿を得ることができたが、その身には生まれ持ったシムノムシ(血の虫)が騒ぎ出していた。
ヒカワノカミ・ヤマタノオロチ
サタの長であるアシナツチと妻のテニツキには八人の娘がいたが、その生い立ちはあまりにも悲しいものであった。
※以下は、以下は和歌における「掛詞」の技法で二重の意味が含まれていると推測される
※訳文1
ヒカワの上の八重谷には、常に叢雲が立ち昇っており、その山頂に生い茂る松やカヤの中にはヤマタノオロチが棲んでいた。そして、オロチをはじめ、ハハ(蛇類)やカガチ(蛇類)の人身御供として既に七人の娘が捧げられていた。
※訳文2
ヒカワの国守であるアメノオシヒが治める八重谷には常に禍々しい雰囲気が漂っており、この曲者がはびこる国の上層部にはオロチ(愚霊)がいた。そして、オロチをはじめ、ハハ(蝕霊)やカガチ(屈霊)の人身御供として既に七人の娘が捧げられていた。
ソサノヲとイナタヒメの婚姻
アシナツチとテニツキの夫婦には、最後の一人であるイナタヒメという娘が残されていた。しかし、オロチが要求するのも時間の問題だった。そのため、父のアシナツチはイナタヒメの手足を撫でながら日々心を痛めていた。
そんな時、アシナツチの前にソサノヲが現れた。
ソサノヲが「すまぬが、そなたの娘を頂こうと思う」と丁寧に申し出ると、アシナツチは「お名前をお聞かせ願いたい」と返答した。これにソサノヲは「私はアマテルの弟である」と答えると、アシナツチは承諾し、晴れてイナタヒメとの婚姻が成立した。
※以下は、以下は和歌における「掛詞」の技法で二重の意味が含まれていると推測される
※訳文1
病による高熱で苦しい時、袖脇を裂いて風を入れれば熱が冷めて気分が良くなる。これが童の袖の脇開けである。
※訳文2
ソサノヲの登場は、アシナツチの心配の熱を冷ます風のように快いものであった。それはまるで童の袖の脇開けである。
ソサノヲによるヤマタオロチ討伐
ソサノヲは直ちにイナタヒメをツルメソの家へ隠し、自らは髻(もとどり)の黄楊櫛(つげぐし)を前髪に挿して柔和な姫姿を装い、ヤマタノオロチが潜む山の挟隙(きょうげき)へと向かった。
現地に到着すると、ソサノヲは八絞りの酒を醸して置き、生贄とされるイナタヒメのふりをしてヤマタノオロチが来るのを待った。
やがて現れたヤマタノオロチは、用意された八槽の酒を飲み、酔っ払って眠ってしまった。ソサノヲはその隙を見て眠ったオロチをズタズタに斬り伏せた。これにより、オロチを斬った剣は「ハハムラクモの剣」と呼ばれるようになった。
誓約の宣言
その後、ソサノヲはイナタヒメを妻に迎え、やがて間に男児であるオオヤヒコを儲けた。男児が産まれたことから、かつて姉のヒルコと交わした誓約の報告をしようと思い、すぐにヒルコのいるヤスカワへと向かった。
ヤスカワに至ると、ソサノヲはヒルコにこのように宣言した。
「私は誓いの男児を儲けた!ゆえに誓約に勝ったのだ!」
これに対してヒルコは、このように返答した。
「私には、お前の心が未だに穢れている様に見える。恥を自覚しなければ再び世の乱れを招くでしょう。これで今までの過ちが許されると思ったら大間違いです。さあ、早く帰りなさい」
これを聞いたソサノヲは恥ずかしく思い、根国へと帰っていった。
その後、ソサノヲはイナタヒメとの間にオオヤヒメ、ツマツヒメ、コトヤソを儲けて、しばらく隠れ住んだ。
ソサノヲの復帰
その頃、タカマ(中央政府)ではムハタレ(反逆者の軍勢)の蜂起に手を焼いており、ハタレ打倒のための会議の真っ最中であった。
このハタレと対峙する上で、アマテルは禊をして「ハタレ祓いの種」を得た。そして、ムハタレ蜂起の根源を根国のマスヒト(地方官)のアメノオシヒと断定し、イフキヌシに討伐を命じた。
イフキヌシはアメノオシヒの討伐に向かう道中で、宮津のサホコの宮のアサヒカミ(トヨケ神)を参詣した。さらに根国の方へ進んでいくと、出雲の道で下民に出会った。その下民は身につけていた笠・簑・剣を投げ捨てると、何かをつぶやいていた。また、その目からは滝のように涙を流していた。
イフキヌシが その下民をよく見ると、それは八年ぶりに見た叔父のソサノヲだった。ソサノヲは反省した様子で「思えば、私は今までに数々の悪事を働いた。ハタレの蜂起も、きっと私の驕った心が原因であろう」と言って悔し涙を流していた。さらに「叔父としてシム(親族)の過ちを償おうと思う」と言い、嘆きながら次のように歌った。
『上下に殖る 吾が実の瘡ゆ シムの幹 三千日 挟まで あらぶる虞れ』
(天地の社会を知ったが、私がこうしていられるのもシムノミキ(血統)があってのこと。正におそれ多い)
ソサノヲが、このように三度歌うとイフキヌシの心に響き、平伏するソサノヲに情けをかけて共に涙を流し、駒から降りて その手を引き起こした。これがシムノヨリ(血の絆)というものである。
そして、イフキヌシはソサノヲに、こう言い渡した。
「罪を正すということは後に忠義とみなされるはずです。功を為せば罪も晴れることでしょう。さあ、私を助けてください、一緒にマスヒト(アメノオシヒ)を討てば、それが忠義となりましょう」
こうしてソサノヲは、イフキヌシが率いるカミイクサ(官軍)の一員に加えられることになった。
ハタレを討ち、琴を奏でる
ソサノヲを加えた官軍は、サタの宮(アシナツチの館)を拠点として戦略を練った。そして、ハタレの根源たるアメノオシヒ、シラヒト、コクミ、そしてオロチと化したモチコ、ハヤコを見事に討ち果たした。
この勝利が天(中央政府)に報告されると、タカマでは弓が打ち鳴らされてウスメが舞い踊った。この様子を見たアマテルは、桑からムユツゴト(六弦琴)を造り、これをワカヒメ(ヒルコ)に授けた。
ワカヒメが六つに弾く各弦は「カダ・フキ・カナデ・メカ・ハ・ヒレ」といい、琴の起源は「かつてイサナギが、宮の垣に茂る葛(かずら)を掻いた時に出てきた糸薄から考案した三弦琴」に基づいている。この形は「放(突出の意)」で、葛の葉の形に似せて造ったことから「葛掻き(カタカキ)」という。
五筋琴(ヰスコト)は、五方と五臓に響く音を分け、地のアワウタ(五母音)を教えることができる琴である。この五筋琴の音は「コトノネ(言の根)通すイスキウチ(濯ぎ打ち)」といい、地のアワウタの故事に由来する。
六筋琴(ムスチノコト)は、酔って眠ったオロチを討ったことに由来し、「ヤクモウチ(八雲打ち)」と名付けた。なお、「カダ・フキ・カナデ・メカ・ハ・ヒレ」の各弦は、ムハタレを討った手段に由来する。
阿波のイフキカミ
ハタレ討伐における多大な功績により、イフキヌシは四国の八つの枝県にあたるヤマタアガタを賜った。
これによって「アワノイフキカミ」と呼ばれるようになった。
ソサノヲの心を寄せたシムノウタ
守議(会議)の場において、ソサノヲは心を寄せたシムノウタ(統の歌)を披露した。この歌によって、ソサノヲの心に溜まっていた実の塵(心の汚れ)は濯がれたと認められて「ヒカワカミ」のヲシテを賜った。
さらに、ソサノヲはハタレの根源であったアメノオシヒを討伐した武功を讃えられ、サホコ国の国守(国家を守る者=公務員)に正式に任命された。これに伴いヱガキハタ(八重垣旗)を授けられ、天(中央政府)への復帰を果たした。すなわち、下民から臣へと身分が昇格したのである。
ソサノヲが国守になると、それまでの禍々しい叢雲は跡形もなく消え去った。そして、アマテルの恵みが行きわたり、その地は汚れが祓われた清々しい「スガハ」へと生まれ変わった。これを受けてソサノヲの宮の名を「クシイナタ」とし、国名もまた「イツモ(出雲)」と改められた。
ソサノヲは調和のための道徳であるアメノミチ(陽陰の道)をもって民を治めた。また、宮殿の造営中に妻のイナタヒメが懐妊したので、これを記念して次のような歌を詠んだ。
『八雲たつ 出雲八重垣 妻籠めに 生え画造る その栄え 堅磐』
(穢汚隈は去ったので、私は貴霊に仕える汚穢垣となろう。身籠った妻のために産屋を造ろう。この繁栄に限界は無し)
この歌は、災厄が去りソサノヲ自身が心より貴霊(アマテル)に仕え、その守り手となるという決意と、自らの血統の繁栄への願いを込めたものである。
ソサノヲがこの歌をワカヒメに捧げると「八雲打ちの琴の奏法」を授かった。イナタヒメが琴の音に合わせてこの歌を詠むと、遂にクシタヱ(奇跡)が顕れた(クシキネ誕生の予感)。よって、この琴歌は「八重垣内の琴歌(ヤヱカキウチノコトウタ)」と名付けられた。
クシキネ(オホナムチ)の誕生
ソサノヲとイナタヒメの間にクシタヱ(奇跡)と共に産まれた子は、クシキネという斎名が付けられた。
その性格が格別に穏やかであったことから、人々はクシキネを「ヤシマシノミのオホナムチ」と呼び称えた。
続いてオオトシクラムスヒ、カツラキヒコトヌシが産まれ、最後にスセリヒメが誕生した。
こうしてソサノヲとイナタヒメの間には、五男三女の子が儲けられたのである。
クシキネの妻子
アマテルは、クシキネ(オホナムチ)をモノヌシ(天の軍事長官)に任命した。
クシキネはタケコを妻に迎え、その間に三人の子を儲けた。
最初に産まれたのがクシヒコ(後のコトシロヌシ)
次にタカコ(後のタカテルヒメ)
最後にステシノタカヒコネが産まれた。
スクナヒコナの登場
クシキネが阿波国のササザキに滞在していた時、カカミノフネ(鏡の船)に乗ってやって来る者がいた。その者に素性を尋ねても答える様子が無かったので、クヱヒコに聞いてみると「あの者はカンミムスビの千五百人の子で、その教育から こぼれ落ちたスクナヒコナでしょう」と答えた。
それを聞いたクシキネはスクナヒコナを手厚くもてなし、二人は協力してウツシクニ(現世)の病を癒し、田畑を荒らす害獣や害虫を駆逐した。また、スクナヒコナはアワシマにて琴の奏法を習得し、雛祭りの風習を伝え、後にカダの浦の「アワシマカミ」となった。
害虫駆除のまじない
オホナムチが一人で諸国を巡っていた時のこと、民が獣肉を食したことから、稲を枯らすホオムシが発生した。これを聞いたオホナムチは、急いでヤスカワのヒルコを訪ね、そこで「ヤスカワのシタテルヒメに教え草(害虫駆除のまじない)」を習って帰った。
そして、ホオムシをヲシクサ(押草)で扇ぐと、ホオムシは彼方に去って行った。この効験に感銘を受けたオホナムチは、娘のタカコをヒルコの元に送って奉仕させた。また、アマクニタマの娘であるオクラヒメも同様にヒルコに奉仕に出された。
こうしてシタテルヒメ(ヒルコ)は二人を側に置き、八雲打ちの琴を教えて楽しんだという。
種袋を背負ったオホナムチ
オホナムチは、息子のクシヒコをオオモノヌシ(天の軍事長官)の代行とするコトシロヌシとして御上に仕えさせた。また、自らは出雲に留まって民の教育と開墾に心血を注いだ。その結果、食糧の備えは12万3,682俵に達するほど豊かになった。
また、オホナムチは種袋と槌をもって民を育み、飢えに備えて多くの倉を建て、それを満たすように糧を蓄えた。これにより、大雨・大風・日照りが起きても十分に耐え凌げるようになり、民が飢えに苦しむことは無くなった。
ヒルコの最期
やがて、ヒルコにも天寿を全うする時が訪れた。
ヒルコは最期にタカヒメ(タカコ)に「八雲・イススキ・カダカキの琴の根(琴の極意)」を授け、「タカテルヒメ」という名を与えた。
また、オクラヒメにはウタカタ(和歌)の奥義を記した「クモクシフミ」を授け、自身の持つ「シタテルヒメ」の名を継承させた。
ヒルコが薨去すると、ワカ国のタマツシマの「トシノリカミ」として称えられた。
オホナムチの百八十一子
イヅモヤヱガキ(オオモノヌシの別称)のオホナムチは、産屋の中で多くの子を増やした。
最終的にオホナムチが儲けた子の数は、181人に及んだという。
注釈
登場人物
・アマテル:『記紀』の天照大神に比定。男神。天(中央政府)の中心に鎮座する君主
・ソサノヲ:『記紀』の素戔嗚尊に比定。アマテルの弟。天を追放されるが後に復帰する
・ヒカワカミ:ソサノヲが改心したことを認められて賜った称え名(斐川・氷川の神に通じる)
・ツルメソ:ソサノヲを匿った人物。弓削氏に関係すると考えられる
・アシナツチ:『記紀』の脚摩乳に比定。イナタヒメの父。サタの宮の長
・テニツキ:『日本書紀』の手摩乳に比定。イナタヒメの母
・イナタヒメ:『記紀』の櫛名田比売・奇稲田姫に比定。ソサノヲの妻
・オオヤヒコ:『古事記』の大屋毘古神に比定。ソサノヲとイナタヒメの長男
・オオヤヒメ:『日本書紀』の大屋津姫命に比定。ソサノヲとイナタヒメの長女
・ツマツヒメ:『日本書紀』の枖津姫命に比定。ソサノヲとイナタヒメの二女
・コトヤソ:『古事記』の八十神に比定。ソサノヲとイナタヒメの二男
・クシキネ(オホナムチ):『記紀』の大国主神・大己貴神に比定。ソサノヲとイナタヒメの三男
・オオトシクラムスヒ:『古事記』の大年神に比定。ソサノヲとイナタヒメの四男
・カツラキヒコトヌシ:『古事記』の一言主神に比定。ソサノヲとイナタヒメの五男
・スセリヒメ:『古事記』の須勢理毘売命に比定。ソサノヲとイナタヒメの三女
・ヤマタノオロチ:『記紀』の八岐大蛇に比定。モチコ・ハヤコを中核として化成した怪物
・モチコ:元・北局のスケキサキ。左遷の恨みからオロチ化し、ヤマタノオロチの中核となる
・ハヤコ:元・北局のウチキサキ。左遷の恨みからオロチ化し、ヤマタノオロチの中核となる
・アメノオシヒ:『記紀』の天押日命に比定。サホコ国のマスヒト。ヤマタノオロチの一部
・シラヒト:アメオシヒの部下。ヤマタノオロチの一部
・コクミ:アメオシヒの部下。ヤマタノオロチの一部
・イフキヌシ:祓戸四神の気吹戸主に比定。ツキヨミの子。追放されたソサノヲを官軍に戻す
・アサヒカミ(トヨケ神):伊勢外宮の豊受大神に比定。イサナミの父。既に崩御して神となった
・タケコ:『記紀』の田心姫神に比定。アマテルとハヤコの子。クシキネの妻
・クシヒコ:『記紀』の事代主神に比定。クシキネとタケコの長男。オオモノヌシ代行のコトシロヌシ
・タカコ:『古事記』の高比売命に比定。クシキネの娘。後にタカテルヒメの名を授かる
・ステシノタカヒコネ:『記紀』の阿遅鉏高日子根神に比定。クシキネの息子
・スクナヒコナ:『記紀』の少名毘古那神に比定。クシキネと共に医薬や害獣・害虫駆除を行う
・アワシマカミ:神社祭神の淡島神に比定。スクナヒコナの称え名
・オオモノヌシ:『記紀』の大物主神に比定。天の軍事長官を指す役職名
・コトシロヌシ:『記紀』の事代主神に比定。オオモノヌシの代行職。主にクシヒコを指す
・ヒルコ:『記紀』の蛭子命に比定。系譜上アマテルの姉。別名はワカヒルメ、シタテルヒメなど
・トシノリカミ:薨去したヒルコに贈られた神号
・オクラヒメ:アマクニタマの娘で、アメワカヒコの妹
・タカテルヒメ:『古事記』の高姫、神社祭神の高照姫命に比定。ヒルコから与えられたタカコの称え名
・シタテルヒメ:『日本書紀』の下照姫に比定。ヒルコから与えられたオクラヒメの称え名
関連社
・佐太神社:ホツマツタヱにおけるサタの宮(アシナツチの館)に比定できる
・創建年:不明(社伝では神代)
・主祭神:佐太御子大神(サタヒコ)、伊邪那伎命、伊邪那美命、事解男命、速玉男命
・所在地:島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
・淡嶋神社:ホツマツタヱにおけるスクナヒコナがアワシマカミとなった地に比定できる
・別 名:加太神社
・創建年:不明(社伝では神代)
・主祭神:少彦名命、大国主命、息長足姫命(神功皇后)
・所在地:和歌山県和歌山市加太118
・玉津島神社:ホツマツタヱにおけるワカヒメ(ヒルコ)の霊宮に比定できる
・創建年:不明
・主祭神:稚日女尊、息長足姫尊、衣通姫尊、明光浦霊
・所在地:和歌山県和歌山市和歌浦中3-4-26
※ホツマツタヱの記述との対応関係に基づく解釈
『日本書紀』との主な違い(AI分析)
ヤマタノオロチ退治の戦後処理
ホツマでは、オロチを討ったソサノヲは「サホコ国の国守(公務員)」に任命され、正式に中央政府(天)の組織に復帰する。一方、『日本書紀』では、オロチの尾から得た「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」を天に献上したという義理堅いエピソードはあるものの、その後に彼が特定の官職に就いて行政に携わるという具体的な「キャリア復帰」の描写は薄く、神話的な英雄譚で完結する。
シムノヨリ(血の絆)とイフキヌシ
ホツマでは、ソサノヲの復帰を助けるのは甥のイフキヌシであり、共に戦うことで罪を晴らす「血の絆(シムノヨリ)」という人倫の物語が強調される。一方、『日本書紀』にはイフキヌシそのものが登場しない。
クシキネ(オホナムチ)の出自
ホツマでは、クシキネ(オホナムチ)はソサノヲとイナタヒメの「直の嫡男」である。一方、『日本書紀』の本文では、大己貴神(オホナムチ)はスサノオの「息子」とされているが、一書(異伝)では「六代後の子孫」とされる説も併記されており、系譜の扱いが不安定である。
オオモノヌシの定義
ホツマでは、オオモノヌシは「中央政府の軍事長官」を指す役職名とされる。一方、『日本書紀』では、オホナムチの前に現れた神(大物主)に対し、オホナムチ自身が「お前は誰だ」と問い「お前の幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)だ」と答えさせる、自問自答のような神秘的・宗教的エピソードとして描かれる。
スクナヒコナ
ホツマでは、スクナヒコナがクシキネと共に害虫駆除などの実務を行い、最終的にアワシマで雛祭りなどの文化を残す。一方、『日本書紀』では、国造りの途中で「粟の茎に弾かれて常世に帰った」あるいは「淡島(あわしま)に行って亡くなった」という物理的な退場が強調される。
植林と道具の文化
『日本書紀』の一書では、スサノオが「抜いた体毛」から各種の木(スギ・ヒノキ等)を生み出し、用途(船や宮殿)を定めたという「樹木の起源神話」が有名である。しかし、ホツマにおいてはそのような描写は存在しない。
『古事記』との主な違い(AI分析)
ヤマタノオロチ
ホツマでは、ヤマタノオロチは単なる野生の怪物ではなく、左遷されたモチコ・ハヤコ姉妹や、汚職役人のアメノオシヒらの執着と怨念が実体化した「ハタレ(怨念の集合体)」の成れの果てとして描かれる。また、討伐に際してソサノヲが姫姿へ変装する「偽装工作」の描写はあるものの、『記紀』に記述されるような「戦後に尾から剣を得て神器として献上する」といった、中央政府の権威に直結するエピソードは見られない。
一方、『古事記』のオロチは、高志(こし)から毎年やってくる出所不明の巨大な怪物であり、スサノオに討伐された際に尾の中から「都牟刈之大刀(つむがりのたち)」が出てくると記されている。この剣はスサノオによって高天原のアマテラスに献上され、これが後に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」として歴代天皇が継承する三種の神器の一つとなる。
ソサノヲの更生
ホツマでは、追放されたソサノヲが自らの罪を「シムノムシ(業)」と自覚し、イフキヌシとの再会を経て「官軍(カミイクサ)」に加わることで名誉挽回するプロセスが描かれる。一方、『古事記』のスサノオは、追放後にオロチを退治して英雄にはなるものの、高天原のシステムに復帰して「公務員(国守)」として認められるような、組織的な再評価の描写は乏しい。
ソサノヲとイナタヒメの子
ホツマでは、イナタヒメとの間に生まれたのは長男オオヤヒコを筆頭に、五男三女の子を儲けたとされる。つまり、大国主はスサノオの「遠い子孫」ではなく「直の息子」として描かれる。『古事記』では、スサノオはクシナダヒメを妻とし、その間に八島士奴美神(ヤシマジヌミ)という一柱の神を産む。そして、その数代あとの子孫がオオクニヌシであるとされる。
オオモノヌシ
ホツマでは「オオモノヌシ」は特定の神を指す固有名詞ではなく、「中央政府における軍事長官」という役職名である。初代はクシキネ(オホナムチ)が就任し、二代目はその長男クシヒコがコトシロヌシとして引き継ぐという「世襲的な官職」として描かれる。一方、『古事記』では、国造りに悩むオオクニヌシの前に海から光り輝いて現れた「自身の分身(魂)」であり、三輪山に鎮まる神秘的な神霊として描かれる。
スクナヒコナ
ホツマでは、スクナヒコナが「極小サイズ」であるという描写はゼロである。彼は単に「カンミムスビの多くの子(一千五百の子)の一人」として、カカミノフネ(鏡の船)に乗って現れる。一方、『古事記』では、蛾の皮を衣にし、掌(てのひら)の上で跳ねるほどの「物理的な小ささ」が物語のアイデンティティとなっている。
クヱヒコ
ホツマでは、クヱヒコはスクナヒコナの素性を語るのみの人物として登場する。一方、『古事記』においてもスクナヒコナの素性を言い当てる存在として登場するが、その正体は「足は歩かねど天下の事を知る田の案山子(かかし)」という、特殊な属性を持つキャラクターとして描かれている。
ヒルコへの奉仕
ホツマでは、オホナムチが娘のタカコをヒルコのもとへ奉仕に出し、和歌や琴の術を学ばせるという「教育のシステム」が語られる。これが後の「タカテルヒメ」という称号継承に繋がる。一方、『古事記』では、シタテルヒメ(高比売命)は単にオオクニヌシの娘として登場し、アメノワカヒコと結婚するドラマはあるものの、師弟関係を通じた技術継承の概念はない。
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