【意訳版現代語訳】天の巻 ホツマツタヱ16文 孕み謹む帯の文
ホツマツタヱ16文の現代語訳を「読みやすさ」と「まとまり」を重視して意訳しました。
詳細な逐語訳や原文を確認したい方は、冒頭のリンクから個別ページを参照してください。
ホツマツタヱ16文のあらすじ
アマノコヤネの婚姻。ヒメキミの懐妊と出産。御種文の教え、腹帯の由来、妊婦の心得、春日四神の成立が体系的に語られる文(あや)です。
1. アマノコヤネの婚姻と天の許し
タケミカツチは跡継ぎを得るため、優秀な若者アマノコヤネを娘の婿に迎えたいと願い、フツヌシに仲介を依頼する。両家の合意を得たのち、イセのタカマでアマテルの許しが下り、婚姻が正式に成立する。ココトムスビはフトマニで吉日を占い、婚礼が整えられる。
2. 懐妊と「御種文(みたねふみ)」の教え
アマノコヤネの妻ヒメキミが懐妊すると、アマテルの命によりコモリが派遣される。ヒメキミは受胎の原理を尋ね、コモリは天地開闢から始まる「御種文」を説く。そこでは、陰陽の生成、五要素(空・風・火・水・埴)の成立、受精の仕組み、胎児の回転数、呼吸数の変化、月ごとの胎児の成長が詳細に説明される。
3. 男女の産み分けと妊婦の心得
コモリは、陽(ヒノミタマ)を包むか、陰(ツキミタマ)が包むかによって男女が決まると説く。また、妊婦の体調変化や不安を受け止め、呼吸の乱れから胎児の性別を読み取るなど、妊娠中の心身の在り方を丁寧に教える。
4. 子ができない理由と「恨み」の原理
ヒメキミが「なぜ子のない者がいるのか」と問うと、コモリは心労・嫉妬・怨念が精を弱らせ、子種を損なうと説く。恨みが積もれば「イソラ(邪霊)」となり、ついには「オロチ」と化して胎児を害するという霊的因果が語られる。宮廷の嫉妬や身分差の恨みも子宝を妨げる要因とされ、謹みの心が最も重要とされる。
5. 腹帯(はらおび)の由来とタマキネの故事
ヒメキミが腹帯の意味を問うと、コモリはタマキネ(トヨケ)に由来する「経緯の臍布(けふのほそぬの)」の神話を語る。イトリ(斎鳥)の羽の筋をもとに織られた帯は、五臓を整え、母の呼吸を正す力を持つとされる。タケミカツチはこの教えに感銘し、羽二重を用いて帯を織り、ヒメキミの体調が整えられる。
6. カシマ宮・イキス宮の成立
タケミカツチはコモリの教えに感謝し、イキス(呼吸)を祀る宮を建てることを決意する。フツヌシとともにヒタカミへ報告し、アメノコヤネ夫妻を中心に「イキス宮」が整えられる。これが後の「カシマ宮」「息栖宮」となり、妊婦の守護と帯の道が広まる。
7. 春日四神の成立とアマノコヤネの継承
フツヌシは「カトリの道」、タケミカツチは「カシマの道」、ココトムスビは「カスガの道」をアマノコヤネに授ける。さらにイキスの道も加わり、アマノコヤネは四方の祀りを一身に継承する。これが後の「春日四神」の起源と考えられる。
意訳文
アマノコヤネの結婚
25鈴100枝28穂年サミトのこと。
カシマの宮の主・タケミカツチには一人娘がいたが、跡継ぎとなる男子はいなかった。そこでタケミカツチはカトリの宮に向かい、フツヌシと世間話を交わした後、跡継ぎの問題について次のように相談した。
「知っての通り、我(タケミカツチ)には一人娘がいるが嗣子がいない。カスガドノの子であるアマノコヤネは、世に優秀な若者として知られ、カスガノカミの名も賜っている。願わくば、アマノコヤネを我が娘と結婚させたいと思う。ゆえに上つ君(フツヌシ)よ、どうかハシカケ(橋架け)となってはいただけぬか?」
これに対し、フツヌシは次のように返答した。
「我がの甥であるカスガワカヒコ(アマノコヤネ)とは、以前に御使の出迎えの折に初めて会った。甥が貴殿の子となれば、我らの絆はいよいよ深まり、我も子を得たような心地になる。あい、わかった。我が橋架けとなって二人の仲を取り持ってやろう」
このように話がまとまると、二君(タケミカツチとフツヌシ)は、ヒタカミの壺若宮への御使の帰路にナカクニへ向かい、春日県に到った。
そこで、まずアマノコヤネの父・ココトムスビの許しを得た。続いてイセのタカマに上り、諸人に相談したところ、アマテルの詔によってこの縁談は許された。その後、二君はアマテルを拝んだ後にそれぞれの国へと帰っていった。
一方で、ココトムスビはフトマニで吉日を占い、それに因んで日取りを調整した。
そして、コトホキ(言祝ぎ)を終えて婚姻すると、アマノコヤネは睦まじく天(中央政府)に仕えることになった。
コモリによる御種文(和合から出産まで)
その後、アマノコヤネの妻であるヒメキミが身籠ると、その旨が天(中央政府)へと報告された。
そこでアマテルは詔を下し、コモリをヒメキミの元へと遣わした。
コモリが到着すると、ヒメキミはコモリに対してミタネ(御種)を生む方法について尋ねた。
これにコモリは「私もヒメキミのイロセ(夫のアマノコヤネ)に習ったことなのですが」と言うと、ヒメキミは「違うのです、夫に問うても『他の者に聞いてくれ』と言われそうなので、こうして聞いているのです」と言った。
そのような事情を知ったコモリは、かつてアマノコヤネから教わった「ミタネフミ(御種文)」に基づいて次のように説明した。
「天地がまだ分かれていない頃、神による"初の一息"により、まるで水に油が浮かぶように陰陽に分かれました。
先に陽が上って天(空気)となり、後に陰が下がって地泥となりました。それから地泥が埴と水に分かれ、埴は山となり、水は海となりました。また、陽の空が動いて風が起こり、風から火が起こりました。
そこから、背(陽・夫)のムナモトを日(太陽)として丸め、天の付近(赤道)を回って陽(日の陽エネルギーと空・風・火)を配しました。一方、妹(陰・妻)のミナモトは凝り固まって月となり、地の付近(白道)を回って、陰(月の陰エネルギーと水・埴)を配しました。
この陽と陰のエネルギーから派生した「空・風・火・水・埴」の五要素が交わって人となりました。
それから、人の妹背(男女)が結婚して子を生むようになりました。ヲ(男)がハ(地)に向い、メ(女)はア(天)に向って婚ぐ時、カリノシシナミ(上昇する陽エネルギーの波)はホネアブラ(精液)となります。そうなれば、交わりのカネノニシ(勢い付く月の陰エネルギー)が熟し、交わりのヨカネノニチ(熟しこなれた月の陰エネルギー)がほとばしります。
そして、チチノカリナミ(父の陽エネルギーの波)がタマシマ(女陰)へ押し迫ると受精卵となるのです。受精卵の中で、昼は『ニ(月霊)』が優勢となって左に上り、夜は『シ(陽霊)』が優勢となって右に下ります。翌日より2回転、3回転と増えていき、30日目には30回転となります。それは33日目まで増え続けますが、以降は弛り緩んで減衰し、3日間は『タラム』という母体の休暇時期に入ります。
男のイキス(呼吸)は13,680回、女のイキスは13,186回です。御種を得た母は息を増し、初日は360(女児は347)回、翌日は720回、3日目は1,080回、30日目には10,800回となります。また、38日目には13,680回、元と合わせて約26,846回(計算上は26,866となる)まで増えて止まります。
受精卵の回転は、2ヵ月満ちれば3日間は加速し、シワがさらに増えます(卵割のこと)。これは『キサラ(キサラギ)』という母体の状態です。64日目には64回転に極まって、その合計は1,080回(計算上は2,080)となります。そして、遂に種がオノコロ(胞衣)となり、胎児はへその緒を軸に水車のようになります。以後、徐々に肉づいていき、翌日より63回、次に62回と、回転数も減って来ます。
三ヵ月目には39回となり、そこで3日間休みます。この際、胎児に端(頭・頸・胸・手・足)が成って益々勇みますので、母体はますます謹まなければなりません。
四ヵ月目には、胎児は熟し潤いますので、母体は謹んでください。
五ヵ月目には元の一回転となり、呼吸の数が26,846回となりますので、母体に腹帯をして謹んでください。アモト(ムナモト)に招くのがアラミタマ(荒神霊)です。日のアラミタマ(荒神霊)、月のニコタマ(和霊)、父母の穂の三つが交わってココロイキ(心意気)となります。この心意気が人の本質であり、端(頭・頸・胸・手・足)を通って露(羊水)が溢れます。
六ヵ月目には露は乾き、へその緒からチシル(血液)が通い始めます。
七ヵ月目には血が煮られヰイロハニ(五色埴)となり、臓腑となってアフミ(中央)となります。この時期にも母体を謹ませなければなりません。
八ヵ月目には、十三端(13の部分)が出来あがります。なお、母体を『ハハ』と呼ぶのは、この時期に由来します。『ハハ』は空音(自然の音)であり、また『タタ』はハルノソラネ(日の陽エネルギーの拡散)を母体に生じて養育することに因みます。また、『カカ』はアキノネ(成熟の音)であり、慈しんで育成する本能に因みます。
一方、父は『チ・テ・ト』のヲシテです。父母は天(陽)を地(陰)に編んで連なり『ミヤビ』を結びます(性交を指す)。これが、子を結び育てる『テテ・タタ』で、契り親しむのが『トト・カカ』です。
九ヵ月目には胎児に見目(容姿)と声が備わります。
十ヵ月目には胎児がクライ(座位)し、生まれる準備を整えます。
十二ヵ月目に月が満ちて生まれます。
御種とはこれです」
妊婦の気持ち
その後、コモリはヒメキミの出産に立ち会うことになった。
出産を控えたヒメキミに対して、コモリが「出産時には母は嘆きますが、これは子を重んじる心の揺らぎです」と助言すると、ヒメキミは次ように答えた。
「子が大きくなるにつれ、安泰な日はなくなりました。水が欲しくなり、あるいは酢が欲しくなることもあります。
胸騒ぎがして顔を上げたり、手足が冷えて明けても暮れても悩みが尽きません。食欲が無くなり、胸が痛んで目が眩みます。
稀に調子のいい日には、豆を拾うくらいがやっとです。
他者の手を借りるのも謹んで、調子は良いと言って忍んでいます。
しかし、今の私の身体は呼吸が二時間ほど整わず、まるで病気の時のように悲しいのです」
男女の産み分けの方法
コモリはヒメキミの呼吸の様子を診て、腹を撫でながら笑顔でこう言った。
「呼吸が少ないようなので、これは腹の子が女子である証拠でしょう。これはアマノコヤネの口癖です」
すると、ヒメキミはこのように言った
「私は女子を儲けるのですね。これは、次にタチカラワコ(男子)を招き入れる喜ばしいカドビラキ(門開き)でしょう。この子は恵みの前の花です」
そこで、コモリが男女の産み分けについて説明した。
「実なる男子はヒノミタマ(日の神霊)によります。まず、陽(日神霊)をコモリク(子宮)のミハシラに向って招きます。そこに陰(月神霊)を招くと、陽が回り始めて陰を包みます。陰が狭まった時に生えてくるのがハナクキのシヂ(男根)で、これが陽の始めとなります。これが男子を生む方法です。
女子は、女(母)の目に受けるツキミタマ(月神霊)が宮を潤します。すると、胎芽から離れた月神霊が、後から受くる日神霊と交わります。この場合は陰から回り始めて陽を包みます。そうなれば、陽は衰退してシヂは成らず、タマシマ(女陰)が内にすぼんで陰の始めとなります。これが女子を生む方法です。
女は月(天体)の運行が遅くなれば、日々の呼吸が347回ずつ増します。
29日目には11,063回となり、30日目に1つ戻って、31日目から33日目までの3日の内に日に19回ずつ戻ります。
34日目も1つ戻って59回減ります(1+19*3+1=59、11,063-59=11,004)
35日目から日々347回増加して、40日目の元と増加分の合計26,372回となります(11,004+347*6+13,086=26,172)※
そして、臨月となれば、胞衣の回転も落ち着き、やがて生まれてくるのです。
ただし、例外もあります。大御神(アマテル)は胞衣の中に96ヵ月居ました。タチカラヲは36ヵ月です。サルタヒコは16年でした。
普通は、男子は一年、女子は十ヵ月です。
イキス(呼吸)が好ければ、生むのも楽になるでしょう」
※計算上は200ずれるが、元の呼吸数が未記載であるため倍数にしていいのかは不明
子が出来ない理由(恨みの話)
ヒメキミはまた、次のように問うた。
「民は子沢山なのに、守殿に子の無い者がおられるのはなぜなのですか?」
これにコモリは次のように答えた。
「かつてセオリツヒメが懐妊されていた頃、民は仕事に精を出していました。
働けば心が前向きになり、ホネアブラ(精液)が盛んになって子を得やすくなるのです。それに対し、国守(国家を守る者)は民のために心を尽くさねばならず、その心労でホネアブラが減ってしまいます。ゆえに子宝を得るのが稀なのです。
また、高い身分は下からうらやまれますが、望みが叶わぬ民は掟を恨んで君をそしります。この怨念もまたアダとなるのです。
宮廷内においては、正室に仕える側室の嫉妬は、君の御気を冷めさせます。側近が忠義を尽くせば、それを下役が恨みます。このように、君の恵みも忘れて、恨み妬むのが宮廷なのです。
咲かずば知れよ。すなわち、自分に子が咲かなければ、君が子を儲ける気がないと気づくべきなのです。
このような恨みの連鎖が『イソラ(邪霊)』となって障りを為し、子種を流したり、片輪として生ませます。このような妬みの息は13,000回あり、それが群れれば鱗ある『オロチ』と化します。そのオロチが女陰の隙をうかがって子壺(子宮)に入り、孕む子を噛み砕くがゆえに種が成らず、片輪を生むのです。
また、貴賤による恨みも同様で、貧しい者が手に入らぬ富をうらやんで、その恨みのアダがイソラとなって種を滅ぼします。ただし、他人を妬めば妬んだ当人も日に三度の炎に焼かれて身も痩せ細りましょう。妬む側も妬まれる側も共にトガを背負うことになるのです。
例えば、君に侍るアオメ(青侍)を五色の花と例えます。君の心が青ならば青い花に寄り、黄ならば黄を愛で、赤なら赤を、白なら白を、黒なら黒を愛すでしょう。このように、その時の心と同じものを合い求めます。
しかし、君の心と自分の花の色が、合うか合わないのかは知りえません。ですから己が選ばれずとも恨んではならないのです。もし避けられても一途に仕え、もし召されても、その寵愛を幾度も畏れれば、恨みは生じません。謹みとはこういうことなのです。
諸姫らが真に知るべきはこれです。
色のある花は一度愛でられても、早々に散れば塵の如く捨てられるということ
他所の花を召す時は、その花の繁栄の時であるということ
満開の花も人も、時が移ろえば、いつかは散る花となるということ
このように、いずれも同じ立場にあるのですから、恨んだところで何も変わりません。ゆえに恨むべき人はどこにも居ないのです。
もし誤りを犯して人を恨み、その人の種が絶たれてしまえばミトカメ(自責や因果応報)を受けるでしょう。しかし、被害を受けた当人は、太刀を抜くことも、杖で持つこともできず、他人を打ち殺すことも無いのです。
女は一途に思えども、妬みをわずらえば胸の火がオロチとなって子種を噛みます。その障害を除くのが『代嗣文』なのです。ツツシムアヤ(心配りが結ぶもの)の花と花は、ぶつかれば諸共に散ってしまう。ゆえに常に謹みを忘れてはならないのです」
腹帯の由来
コモリはヒメキミの体調を見守るため宿を取っていた。
ある日、ヒメキミが「『オシエの帯』には、どういう役割があるのですか?」と尋ねると、コモリは次のように答えた。
「『オシエの帯』とは、タマキネ(トヨケ)によって伝授されてきた腹帯で、各々の身体のそれぞれの形に合わせてクニ(臓器)を治めるためのものです。この腹帯は五腑(五種の臓器)を固定するためのものであり、男は地に向い、女は天に向かって結います。
ハラミノオビ(孕みの帯)は、タマキネの故事に由来します。
かつてタマキネが、葛城山の代嗣社に御種を得ようと祈りを捧げていた時、天からイトリ(丹斎鳥)の羽が一枚落ちてきて、その息吹で葛城山の木々が紅葉に化けました。タマキネは、これをアマツノリ(天のお告げ)であると捉えて、葛城山をイトリヤマ(斎鳥山)と名付けました。
そのイトリの羽先には24筋ありましたが、他の鳥は十五筋です。また、ヒタカミに鶴(ツル)が奉じられた際、その羽先を見ると同じく24筋ありました。これに着想を得て、その羽を撚(よ)り繋ぐことにし、雄鶴(陽)を『経』、雌鶴(陰)を『緯』として『ケフノホソヌノ(経緯の臍布)』を織りました。こうして48神(陽陰の神)の威力が備わる『ミハラオヒ(見張帯)』ができあがったのです。
例えば、イサナミは長期間孕み、96ヵ月を経て大御神を出産しました。その際のハタレマの障害は、帯に備わった48神の威力によって免れたのです。ヒメキミの場合はハタレの障りはありませんが、イキス(呼吸)を正す帯として役立ちましょう」
その時、タケミカツチが訝しげに「イキス(呼吸)を正すというが、その理由はどこにある?」と尋ねると、コモリは次のように答えた。
「それは、昔のタマキネの詔にあります。かつてタマキネはこのように詔されました。
『天地より授かった経緯の帯は、天地に則って父の身丈の長さと合わせる。また、帯は母の息が正されるというイタク(至上の恵み)を備えている。天のイタク(頂)を地に編んだもので、天地(陽陰)が連なっている。これは父母の子育てと同じである。父の恵みは頂く天、母の慈しみは平らす埴である』
大御神もこれを忘れまいと、24筋の糸を撚り合わせて『メヲハフタエ(陰陽羽二重)』の御衣を作らせました。そして、この御衣を着て日毎に天地の神を祀り(アメツチマツル)、父母(二尊)の実心を引き継いだのです。
これは君(オシホミミ)も同じです」
それを聞いたタケミカツチは喜んで「では、経緯の帯を織ろう」と意気込み、「ハフタエ(羽二重)はないか?」と言って宝物殿を開いた。すると、その中から君の賜物の羽二重がニ機ほど出てきた。
その時、タケミカツチはこのように言った。
「今まで羽二重の由来も知らず、君(アマテル)からいただいたアメノハ(天の機)を着るのも畏れて放置してしまっていた。しかし、今は幸いの教え知れたので、アメノハを朽ちさせずに済むのは幸いだ。ヒメ(ヒメキミ)よ、コヤネの丈を知っているか?」
すると、ヒメキミは「はい、夫は一丈二尺五寸です」と答えたので、それを聞いたタケミカツチはこのように言った。
「そうか!予ねてより聞いていた君(アマテル)の御丈と同じとは御恵みであるな!妹(ヒメキミ)の身に、君と同じ丈の帯を締めることができるとは とても有難い」
そして、笑みを浮かべて喜んで、羽二重をコヤネの身丈の帯と成すと、その腹帯を身に着けたヒメキミのイキスが正された。
その際、ヒメキミは「いつ生まれるのでしょうか?」とコモリに尋ねた。
これにコモリは「これはカツテが良く知っていることです、私が帰った後に呼びましょう」と答えた。
タケミカツチとコモリ
ある日、タケミカツチが御殿にコモリを招いて御響(みあえ)していた時のこと。
タケミカツチはコモリに次のように言った。
「我は生まれ付き身の丈が一丈六尺あり、力業に優れ、八尺の人(平均身長の人)らが引くのに一万人必要の岩も投げることができる。ウツロヰ(鳴神の主)も拉(ひし)ぐといわれて賜ったカフツチ・カナイシツチの二剣も持っている。我は今は翁守(古株の大臣)となっているが、このたび汝には赤子の道を教えられた。そこで汝を一人前と認め、その返礼としてカフツチの剣を与えようと思う」
これにコモリは驚いて このように返事した
「私はこの道の弟子です。師匠たるコヤネの親は我が親も同然。せっかくですが、お断りいたします」
と、カフツチの剣の譲渡を受けなかった。
タケミカツチは畏まったコモリの様を見て、カフツチの剣を拝んで高く掲げ、笑顔で座ってこのように言った。
「この縁は、我が娘のヒメが代嗣の道を尋ねたことに始まったのだったな。子は宝、ならばイキスのことも知らねばならぬ、これを以ってイキス宮を造ろう。ここにコヤネとヒメを置き、我は後宮(カシマ宮)に住み、フツヌシ殿と共にヒタチオビ(直ち帯)を成して授けよう」
タケミカツチの宣言に、門言(門前での挨拶)も整ってコモリは天(中央政府)へと帰って行った。
カシマ宮とイキス宮
その後、タケミカツチはフツヌシの居るカトリ宮に行って事の次第を話して聞かせた。さらに二人でヒタカミに上って君(オシホミミ)にも告げると、君は喜んで直ちに「ケフノホソヌノ(経緯の臍布)」を織るように命じた。
帯が出来上がると、それはタカマノハラノカリミヤ(ヒタカミの仮宮)に持ち込まれた。これはモノノベ(臣)に愛でられて、仮宮の名は「ヒタチノミヤ(直ちの宮)」と通称されるようになった。
その後、宮が正式に完成すると「カシマミヤ(鹿島宮)」と名付けられ、「イキスミヤ(息栖宮)」とも呼ばれるようになった。
また、コモリより教えを受けたヒメキミは、諸女が孕んだ時にイキス・謹みを教えるようになり、妊婦の病気の薬となる業として重宝された。
タケミカツチとフツヌシがイキス宮にて授けた帯の名は『ヰハタオビ(結機帯)』といい、長さは八尺とされた。この八尺という丈は世の男性の平均身長の八尺に由来する。なお、懐妊時の遊びとして、豆を拾えば忠(マメ)となるというものがある。
春日四神の由来
「十二人の子を産んだ母は月の位を授かり、一度に三つ子を産むことは三光の幸がある」
これらはホツマ国(東海・関東地方)が治まった後に天地にあまねく広まった。
フツヌシは「カトリの道」をことごとくアメノコヤネに授けて隠れた(薨去した)。
また、タケミカツチは「カシマの道」の奥義もすべてアメノコヤネに授けられた。
また、カスガドノ(ココトムスビ)のタマカエシの奥義もアメノコヤネに授けられた。
このように、アメノコヤネはカシマ・カトリ・カスガ・イキスの四方の祀りを一人で引き継ぐことになり、これらの道は自分一人に決着させた。
また、かつてタケミカツチは、娘の出産の際に妻から名を決めて欲しいと言われても決めかねていた。そこでタケミカツチは「偶然できた一人娘だ、姫はヒメである、また生んだなら区別のために斎名を付けよう」と言った。しかし、タケミカツチには以降は子ができなかったことから、ヒメキミは姫尊とばかり呼ばれるようになった。アメノコヤネは、この故事を以って「初は姫君」と宣言した。
また、毎月の区別の名も「タエノオクノリ(子種の原理)」に由来することになった(睦月、如月など)。
この「謹みのヒタチオビ」こそ、とても畏(かしこ)き教えである。
注釈
登場人物
・タケミカツチ:『記紀』の建御雷神に比定。カシマカミ。オシホミミの重臣
・フツヌシ:『記紀』の経津主神に比定。カトリノカミ。オシホミミの重臣
・ヒメキミ:春日四神の比賣神に比定。タケミカツチの一人娘。アマノコヤネの妻
・アマノコヤネ:『記紀』の天児屋命に比定。カスガカミ。ヒメキミの夫
・ココトムスビ:神社祭神の興台産霊神に比定。アマノコヤネの父
・コモリ:神社祭神の子守神に比定。クシヒコ(コトシロヌシ)の子
・アマテル:『記紀』の天照大神に比定。男神。日の神。創造神アメミヲヤの顕現
・セオリツヒメ:祓戸四神の瀬織津姫に比定。アマテルの内宮。オシホミミの母
・オシホミミ:『記紀』の天忍穂耳尊に比定。アマテルの日嗣の御子。現時点の君主
・タチカラヲ:『記紀』の天手力雄神に比定。ヒルコとオモイカネの子
・サルタヒコ:『記紀』の猿田彦命に比定
関連社
・香取神宮:ホツマにおける「カトリの宮」に比定できる
・創建年:(伝)神武天皇18年
・主祭神:経津主大神
・所在地:千葉県香取市香取1617
・鹿島神宮:「ヒタチノミヤ」「カシマミヤ」「イキスミヤ」に比定できる
・創建年:(伝)神武天皇元年
・主祭神:武甕槌大神
・所在地:茨城県鹿嶋市宮中2306-1
・春日大社:ホツマにおける「春日四神の由来」の説話に比定できる
・創建年:神護景雲2年(768年)
・主祭神:春日神(武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神)
・所在地:奈良県奈良市春日野町160
※ホツマツタヱの記述との対応関係に基づく解釈
関連知識
身長について
ホツマ16文に登場する身長の記述は以下のとおりです。
・アマテル:一丈二尺五寸
・アマノコヤネ:一丈二尺五寸
・タケミカツチ:一丈六尺
※一般的な民の平均身長は八尺とされる
ハラミノオビ(孕みの帯)について
孕みの帯(はらみのおび)とは、タマキネ(トヨケ)の故事に由来する妊婦の腹帯のことです。
具体的に言えば、タマキネが葛城山の代嗣社にて祈りを捧げていた時、天からイトリ(霊長)の羽が一枚落ちてきたとされます。その時、タマキネは天のお告げと捉えてイトリの羽を調べると二十四筋でした。
その後、タマキネの治めるヒタカミに鶴が献上された際に、その羽を調べるとイトリと同じく二十四筋あったため、鶴の羽を紡いで織物を作らせました。この際、陽に当たる雄鶴の羽を「経(たて)」、陰に当たる雌鶴の羽を「緯(よこ)」として織り、そうして作られたのが「経緯の臍布(けふのほそぬの)」とされます。この織物には陽陰を司る四十八神の神威が宿っているとされ、妊婦の腹を障りから守護する腹帯となったと記されています。
なお、孕みの帯、教えの帯、ヰハタ帯、経緯の帯、ヒタチ帯、サツサ孕帯はすべて同じものを指します。
メヲハフタエ(陰陽羽二重)について
陰陽羽二重(めをはふたえ)とは、タマキネの教えの帯の故事に基づく「経緯の臍布(けふのほそぬの)」から作られた御衣ことで、タマキネが遺した以下の詔に由来します。
「天地より授かった経緯の帯は、天地に則って父の身丈の長さと合わせる。また、帯は母の息が正されるという至上の恵みを備えている。天の頂を地に編んだもので、天地(陽陰)が連なっている。これは父母の子育てと同じである。父の恵みは頂く天、母の慈しみは平らす埴である」
この詔を忘れないためにアマテルが作らせたとされ、御子のオシホミミにも引き継がれたとされます。なお、この衣装も「孕みの帯」と同様に経緯の臍布で織られているため、陽陰を司る四十八神の神威によって障りが除かれるとされています。
『記紀』との主な違い(AI分析)
婚姻の成立過程
ホツマでは、アマノコヤネの婚姻はタケミカツチとフツヌシの正式な交渉、父ココトムスビの許可、アマテルの裁可、フトマニによる吉日の選定など、極めて制度的・儀礼的な手続きを経て成立する。一方、『記紀』では婚姻は象徴的・物語的に描かれ、仲介者・許可者・日取りの占いといった政治的・儀礼的プロセスはほとんど示されない。
受胎の原理(御種文)
ホツマでは、天地開闢から陰陽・五要素の生成、受精の仕組み、胎児の回転数、呼吸数の変化まで、受胎と胎児発育が詳細な宇宙論として語られる。一方、『記紀』では受胎の原理は神話的象徴として扱われ、具体的な生理学・宇宙論的説明は存在しない。
妊婦の心得と胎児の成長
ホツマでは、妊婦の体調変化、呼吸の乱れ、胎児の月齢ごとの成長、男女の産み分けの原理などが体系的に説明され、妊娠中の「謹み」が重要視される。一方、『記紀』には妊婦の心得や胎児発育に関する教えはなく、出産は物語的に描かれるのみである。
子ができない理由の説明
ホツマでは、心労・嫉妬・怨念が精を弱らせ、イソラ(邪霊)やオロチとなって子種を損なうという霊的因果が語られ、宮廷社会の嫉妬や恨みが不妊の原因として説明される。一方、『記紀』では不妊の理由は語られず、怨念や社会心理が生殖に影響するという思想は見られない。
腹帯(はらおび)の由来
ホツマでは、タマキネ(トヨケ)が伝えた「経緯の帯(ケフノホソヌノ)」の神話が語られ、雄鶴と雌鶴の羽を経・緯として織る陰陽調和の衣「メヲハフタエ」が腹帯の原型とされる。一方、『記紀』では腹帯の由来や織物の陰陽思想は語られず、出産に関する衣服の神話的起源は示されない。
タケミカツチとフツヌシの役割
ホツマでは、両神は婚姻の仲介、帯の授与、宮の創建など、政治・祭祀・医療的役割を担う実務的な存在として描かれる。一方、『記紀』では両神は国譲りの武神として描かれ、婚姻・出産・医療に関わる描写はほとんどない。
春日四神の成立
ホツマでは、アマノコヤネがカシマ・カトリ・カスガ・イキスの四方の祀りを継承し、これが春日四神の起源として説明される。一方、『記紀』では春日四神の成立過程は語られず、アマノコヤネの役割も祭祀の中心としては描かれない。
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