【意訳版現代語訳】地の巻 ホツマツタヱ20文 皇孫 十種得る文

ホツマツタヱ20文の現代語訳を「読みやすさ」と「まとまり」を重視して意訳しました。

詳細な逐語訳や原文を確認したい方は、冒頭のリンクから個別ページを参照してください。




ホツマツタヱ20文のあらすじ


クシタマホノアカリ(テルヒコ)への譲位と、十種宝の継承、そして大和国の統治開始と遷宮の経緯がまとめられた文(あや)です。

1. クシタマホノアカリへの譲位と十種宝の授与

大和を治めていたカスガが老齢により退任を申し出たため、オシホミミは御子のクシタマホノアカリを大和へ下すことを決める。アマテルはこれを許し、天つ神に伝わる十種宝(トクサタカラ)を授け、治世の守護と再生の力を託す。

2. アシハラナカクニの国守の任命

クシタマホノアカリの統治を支えるため、カグヤマツミ・フトタマ・アマノコヤネら三十二名が国守として任命される。彼らは乗馬をもって国を守る役目を担い、大和統治の基盤を形成する。

3. クシタマホノアカリの下向と治世の兆し

クシタマホノアカリは二十五名の侍人を率いて大和へ向かう。道中、ニニキネとタチカラヲがアマテルの神言を届け、フトマニによる占いで「アキニ(新しい季節の到来)」の吉兆が示される。これにより、大和の民の疲れが癒え、治世が安定する兆しが示された。

4. イカルガ宮の成立とアスカ宮への遷宮

クシタマホノアカリはイカルガノミネに天降り、イカルガ宮を築いて統治を開始する。しかし翌日、凶兆とされるカラスが現れたため遷宮を検討し、議論の末にアスカ宮への遷宮が決定される。アスカ川で禊を行い、新たな宮での統治が始まる。

意訳文


クシタマホノアカリへの譲位と、十種宝の譲渡


26鈴16枝41穂年キヤヱの三月のこと。

大和の春日県を治めていたカスガ(ヰチヂ)は、老齢に達すれば政務を退くという理に従い、その旨をオシホミミに告げた。これを受け、オシホミミは自らの御子であるクシタマホノアカリ(テルヒコ)を大和に下そうと考えた。

そのため、オシホミミは自らツケフミ(告文)を記し、カグヤマツミを勅使としてアマテルの元へ派遣した。
その告文には次のように記されていた。

「私(オシホミミ)は自らアシハラクニ(畿内)を治めようとしましたが、政庁を整える前に民が集まってしまいました。ゆえにテルヒコに政を託したいと思います」

アマテルはこれを許可し、遣いを通じて次のように返答した。

「ここにトノカミ(トの尊)のアマツカミ(天つ神)に伝わる『トクサタカラ(十種宝)』を授けよう。

・オキツカガミ
・ヘツカガミ
・ムラクモノツルギ
・ウナルタマ
・タマカエシタマ
・チタルタマ
・ミチアカシタマ
・オロチヒレ
・ハハチシムヒレ
・コノハヒレ

トクサタカラ(十種宝)とは、この十種のことである。

もし、傷付くことがあれば『一二三四五六七八九十(ひゆみよゐむなやこと)』まで数えて振るわせよ。このようにゆらゆらと振るわせれば、既に『マカルモノ(死者)であっても再び甦るであろう。これが『フルノコト』である」

アシハラナカクニの国守


アシハラナカクニの守(役人)は、謀反を防ぐトモカミとして任命された。主な顔ぶれは以下の通りである。

・カグヤマツミ:カグツミ(二代目オオヤマズミ)の二子
・フトタマ:タカギ(七代目タカミムスビ)の三子
・アマノコヤネ:カスガトノ(ヰチチ)の子
・クシタマ:タカギ(七代目タカミムスビ)の四子
・アマノミチネ:カンミムスビの曾孫
・カンタマ:カグツミ(二代目オオヤマズミ)の三子
・サワラノ:アカツチの孫
・ヌカド:カガミツコの子
・アケタマ:タマツコの子
・ムラクモ:アマノミチネの弟
・ウスメヒコ:ミケモチの孫
・カンタチ:コモリの初子
・アメミカゲ:タタキネの御子
・ミヤツヒコ:カナサキの三子
・ヨテヒコ:コモリの四子
・アメトマミ:ヌカタダ(クマノクスヒ)の御子
・アマセオ:カンミムスビの玄孫
・タマクシ:アマセオの従兄弟
・ユツヒコ:サワラノの弟
・カンタマ:タマクシの弟
・ミツキヒコ:カンタマの弟
・アヒミタマ:タカギ(七代目タカミムスビ)の四子
・チハヤヒ:コモリの五子
・ヤサカヒコ:コモリの八子
・イサフタマ:ツノコリの子
・イキシニホ:オモイカネの子
・イクタマ:タカギ(七代目タカミムスビ)の五子
・サノヒコネ:ヒコナの子
・コトユヒコ:ハラキネの御子
・ウワハル:ヤツココロの子
・シタハル:ウワハルの弟
・アヨミタマ:タカギ(七代目タカミムスビ)の七子

これら総勢三十二名は、皆乗馬して国を守る任に就いた。

二十五の侍人


テルヒコ(クシタマホノアカリ)はヤフサノイテクルマに乗り、二十五人の侍人を五班に分け、それらを伴ってナカクニへ赴いた。五班の主任は以下の五名である。

・アマツマラ:カンミムスビの玄孫
・アカマロ:ツクバソソの子
・アカウラ:シホモリの二子
・マウラ:カグツミの五子
・アカホシ:カツテの弟

オオモノヌシであるクシヒコは、これら二十五人のモノノベ(臣)を統率した。この供人の総勢は864名に及んだ。

治世についてフトマニで占う


テルヒコ(クシタマホノアカリ)は、ヒタカミからカシマ宮へ向かった。

その道中で民に出迎えをさせようとしたが、それによって農作業が滞る懸念が生じた。そこでアマテルは、伊勢に侍っていたテルヒコの弟・キヨヒト(ニニキネ)を召して「汝はタチカラヲと共に早船で向かい、イワフネを奨めるべし」と詔した。

キヨヒトとタチカラヲはワニ船に乗って上総のツクモ(九十九里浜)に到着し、カシマ宮にいたテルヒコに神言(アマテルの詔)を伝えた。

テルヒコはマウラを召して占わせたところ、フトマニの結果は「アキニ」であった。その意は次の通りである。

『アキニとは 東風に冷も解け 弊逃る 噤み心の張ぞ 来にける』
(一新とは、温い風に冷えも免れ、それまでの疲れも吹き飛ぶ。噤んでいた心の開放の到来なり)

これにより「今から春になれば、西の民の疲れも癒えるであろう」と御言が定まった。

その後、ニニキネとタチカラヲはヒタカミのオシホミミを拝し、イサワに帰還して報告した。

クシタマホノアカリがイカルガノミネに天降る


その後、テルヒコ(クシタマホノアカリ)はイワクスフネ(御幸の船)を設け、以下の様な配役を整えた。

・アマツハハラを船長とした
・アマツマラを舵取りとした
・アカマロとアカホシをモノノベ(臣)に添えた
・マウラに風を読ませた

船は九十九里浜から伊豆の岬を目指して進んだ。帆を上げて沖を走る姿は、大空を遥かに駆けるようであった。

道中、クマノ宮に参拝し、浪速からカモ(船)で向かってイカルガノミネを終着点とした。

そして、アマノイワフネで大空を駆け巡り、その地を「ソラミツヤマト(空みつ和国)」と名付けたのである。

イカルガ宮からアスカ宮への遷宮


イカルガ宮が成立すると、テルヒコ(クシタマホノアカリ)は十二の后を揃え、スガタの娘スガタヒメを内宮とした。宮中では歌を詠み、カダカキ(琴)を聴いて楽しむ日々が続いた。

イカルガ宮に移った翌日、政所の四方を望むとシラニハヤマにカラスが飛んでいた。テルヒコはこれをクマノ(凶兆)と捉え、遷宮しようと考えた。しかし、アマノコヤネとクシヒコ(オオモノヌシ)は「遷宮は時期尚早である」と諫めたが、フトタマは「君の考えあっての判断を止めるべきではない」と反論した。また、カグヤマツミは「クマノが現れた翌日に宮を移せば良い前例となる。これは既に決まったことだ」と擁護した。

これにクシヒコは激怒して次のように言い放った。

「フトタマは、君(テルヒコ)のトノオチ(政の要)でありトミオキナ(臣の長老)であろう。そのような立場にある者が、昨日遷宮を祝ったばかりなのに翌日の遷宮を許すとは何事か!これを許せば、ヨロチ(万千)の治世は遠くことになり、一年も続かなかったとして世の恥となるだろう。

汝(フトタマ)の心の穢れた提案に君(テルヒコ)があやかるようであれば、ここに私は必要がない。もし、この判断が正しいのならば、真っ赤な炎に滅ぼされようとも、磨金(錬金)を喰らおうとも、穢れることは無いだろう」

こうしてクシヒコは帰って行ったが、テルヒコとフトタマらが話し合った結果、アスカへの遷宮が決定した。

この後、アスカ川の周囲を掘って遷宮のための禊が行われた。

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注釈


登場人物


・アマテル:『記紀』の天照大神に比定。八代君主の男尊。創造神アメミヲヤの顕現
・カスガ(ヰチヂ):神社祭神の興台産霊神に比定。アマノコヤネの父。春日県の統治していた
・オシホミミ:『記紀』の天忍穂耳尊に比定。九代君主の男尊。アマテルの日嗣の御子
・クシタマホノアカリ:『記紀』の天火明命に比定。オシホミミの長男。斎名はテルヒコ
・カグヤマツミ:神社祭神の天香語山命に比定。オオヤマカグツミの子。テルヒコの右臣
・フトタマ:『記紀』の太玉命に比定。タカギの子。テルヒコの左臣
・ニニキネ:『記紀』の瓊瓊杵尊に比定。オシホミミの二男
・タチカラヲ:『記紀』の天手力雄神に比定。ヒルコとオモイカネの子
・クシヒコ:『記紀』の事代主神、大物主神に比定。オホナムチの子
・アマノコヤネ:『記紀』の天児屋命に比定。カスガカミ

関連社


・磐船神社:ホツマにおける「イカルガ宮」に比定できる
 ・創建年:不明(伝・神代)
 ・主祭神:天照国照彦天火明櫛玉饒速日命
 ・所在地:大阪府交野市私市9丁目19-1

※ホツマツタヱの記述との対応関係に基づく解釈

『記紀』との主な違い(AI分析)


クシタマホノアカリ(天火明命系)の位置づけ

ホツマでは、クシタマホノアカリは大和統治の中心人物として描かれ、譲位・下向・占い・遷宮など政治的行動が詳細に語られる。一方、『記紀』では天火明命(アメノホアカリ)や饒速日命(ニギハヤヒ)は物部氏の祖として扱われ、大和統治の中心には置かれない。政治的役割は大幅に縮小されている。

十種宝(トクサタカラ)の扱い

ホツマでは、十種宝はアマテルがクシタマホノアカリに正式に授ける国家的秘宝であり、死者を甦らせる「フルノコト」の秘儀まで含む重要な神器として扱われる。一方、『記紀』には十種宝という概念自体が登場せず、蘇生儀礼や十種の宝を列挙する場面も存在しない。十種神宝が語られるのは『先代旧事本紀』であり、記紀とは別伝承である。

大和下向の主体と正統性

ホツマでは、大和に下るのはクシタマホノアカリであり、アマテル・オシホミミの正式な承認を受けた「平和的な譲位」として描かれる。一方、『記紀』では大和に下るのは神武天皇であり、天孫本流による「征服」として描かれる。両者は物語構造が根本的に異なる。

国守(トモカミ)の制度化

ホツマでは、三十二名の国守が任命され、乗馬による治安維持や行政の分掌が制度として整えられる。一方、『記紀』にはこのような行政制度の描写はなく、神々の役割は象徴的で、具体的な官僚組織としては語られない。

遷宮の理由と政治判断

ホツマでは、凶兆(カラス)を契機に遷宮が議論され、重臣たちの政治的対立が描かれる。一方、『記紀』では遷宮の理由を占いや凶兆に求める場面は少なく、政治判断としての遷宮の議論はほとんど描かれない。

航海・天降りの描写

ホツマでは、クシタマホノアカリがイワクスフネで海を渡り、イカルガノミネに天降る過程が具体的に描かれる。一方、『記紀』では天孫降臨は神話的な「高天原からの降臨」として描かれ、航海・船団・配役などの具体的描写はほとんどない。

『旧事紀』との主な違い(AI分析)


十種宝(トクサタカラ)の性質と扱い

ホツマでは、十種宝はアマテルがクシタマホノアカリに授ける国家的秘宝であり、「一二三四五六七八九十(ひふみよいむなやこと)」を唱えつつ振ることで死者を甦らせるとされる「フルノコト(振る事)」の秘儀と一体のものとして描かれる。一方、『旧事紀』でも十種神宝は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊が天降る際に携えた宝として列挙され、「ふるべゆらゆらとふるべ」という布瑠の言とともに蘇生の力を持つと明記されており、宝の構成・呪詞・蘇生機能という核心部分はホツマと一致する。

大和下向の主体と物語構造

ホツマでは、大和に下るのはクシタマホノアカリであり、オシホミミ・アマテルの正式な承認を受けた「譲位」として描かれる。一方、『旧事紀』では大和に下るのは天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊であり、天神の命を受けて河内・大和に入る「天降り」として描かれる。両者は同じ天火明命系統でありながら、下向の主体も目的も異なる。

統治制度と国守の描写

ホツマでは、三十二名の国守が任命され、乗馬による治安維持や行政の分掌が制度として整えられる。一方、『旧事紀』では物部氏の祖先譚として天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊の家臣団(七十五座神)が列挙されるが、行政制度としての役割分担は描かれず、氏族の神統譜としての性格が強い。

航海・天降りの描写

ホツマでは、クシタマホノアカリがイワクスフネで海を渡り、航路・配役・風読みなどが具体的に描かれる。一方、『旧事紀』では天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊は「天磐船」で天降るとされるが、航海の詳細や儀礼的手順は語られず、神話的な降臨として扱われる。

遷宮の理由と政治判断

ホツマでは、凶兆(カラス)を契機に遷宮が議論され、重臣たちの政治的対立が描かれる。一方、『旧事紀』では遷宮に関する政治判断はほとんど描かれず、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊の居所は系譜的に示されるのみで、政治的な議論は展開されない。