【意訳版現代語訳】ミカサフミ3文 一女三男の文

ミカサフミ3文の現代語訳を「読みやすさ」と「まとまり」を重視して意訳しました。

詳細な逐語訳や原文を確認したい方は、冒頭のリンクから個別ページを参照してください。




ミカサ文3文のあらすじ


イサナギ・イサナミによる最初の子(ヒルコ・ヒヨルコ)の誕生、国産み・神産み、そしてアマテル・ツキヨミ・ソサノヲの誕生までを体系的にまとめた文(あや)です。

1. ヒルコ・ヒヨルコの誕生と失敗の理由

二尊が最初に生んだヒルコは、父母がアワノフシ(厄年)に当たっていたために育たず、岩舟に乗せて捨てられた。続くヒヨルコも月満たずに胞衣を破って生まれ、泡のように流れ去ったため子に数えられなかった。これらの経緯をカナサキが語り、後にヒルコは拾われて育てられる。

2. トツキノリ(嫁ぎ法)と国産みの開始

二尊は天の占い(フトマニ)により、嫁ぎはセキレイの動作に倣うべきと教えられ、正しい婚姻法(トツキノリ)を学ぶ。男女が左右から回り、アワウタを唱えて和合した後、アワを胞衣として国々が生まれ、ヤマト秋津州・淡路・伊予阿波・隠岐・筑紫・吉備・佐渡・大島などが次々に成った。

3. アマテル・ツキヨミ・ワカヒルメの誕生

二尊は地を治める君(日嗣)を求め、アマテル(ウホヒルギ)を生む。アマテルは地に留めておけない光の御子として天(ヒタカミ)に送られ、アメノキとミハシラノミチを授かる。続いてツキヨミが生まれ、同じく天に送られる。また、かつて捨てられたヒルコは成長し、アマテルの妹・ワカヒルメとなる。

4. ソサノヲの誕生とイサナミの籠り

紀州で生まれたソサノヲは雄叫び騒ぎ、民を挫く存在となったため、イサナミはその原因を自らの汚穢と悟り、民の災いを引き受けるためにクマノミヤに籠った。二尊は一姫三男を生み、君・臣・民の秩序を整え、道徳(トノオシエ)を教えた。

5. 五つの産屋と二尊を柱とする理由

二尊が御子を産んだ殿は五つあり、アマノハラミ・ツクバヤマ・アワヂ・ツキスミ・クマノがそれに当たる。また、タマ(経)とヌキ(貫)とホコ(矛)によって二尊が柱とされ、鳥居はその象徴であると語られる。

意訳文


ヒルコの誕生


麓社(ミカサ社)にて宣われた昔話にいわく、かつて天地が清くあった頃、タカマで政が議られた後にツワモノヌシが次のように問うた。

「二尊は一姫三男を生んだと言われていますが、殿が五つあるのはなぜでしょう?」

これにカナサキが次のように答えた。

「御上の二尊が筑波(イサ宮)に居た時、互いの身周り(身体)について問いあったそうだ。そこで、まずイサナミが『女の身には生り成り足らない陰没があります』と述べた。これにイサナギは『男には成って余るものがある』と述べた。

そこで互いの"その部分"を合せて御子を生もうと話し合い、陽陰の交ぐ合いを為した結果、やがてイサナミは懐妊した。そこで生んだ子の名はヒルコと名付けられた。しかし、父の齢は鈴40穂(40歳)、母は31穂(31歳)とアワノフシ(陽陰の節=いわゆる厄年)に当たる年齢であった。

父の汚穢は男子に影響し、やがて母の隈(穢れ)となる。ゆえに慈しむ間もなく三年足らずでイワクスフネに乗せて捨てることになった。そこで、この翁(カナサキ)はヒルコを拾い、ニシトノにて養育したのだ」

ヒヨルコの誕生


カナサキは続けた。

「その後、二柱(二尊)はウキハシ(ヒタカミと根国の協力)を得たオノコロ(国家)にヤヒロトノ(中心御殿)を造り、そこをナカハシラ(都)とした。そして、柱を巡って子を儲けようとコトアゲ(事物を現す宣言)し、女は左より、男は右より分かれ回って会う時に声を掛け合った。

その際、女尊は『ああ素晴らしく愛しい男』と述べ、男尊は『なんと嬉しい愛しい乙女』と述べた。その歌の後にイサナミは懐妊したが、月が満ちる前に胞衣を破って生まれてしまった。

この子はヒヨルコと名付けられたが、泡のように流れて行ってしまったため、ヒヨルコは子に数えられなかった。よってアシフネに乗せられて淡路に流されたのである」

国産み・神産み


カナサキは続けた。

「二尊が現状を天(中央政府)に告げると、天はフトマニを以ってこれを占った。すると『五・四の歌 言を結ばず 言挙げも 女は先き立てず』という結果が出た。ゆえに天は二尊に次のように告げた。

『嫁ぎとは、ニワナフリ(セキレイ)に倣うべし。雌鳥が尾を振りながら鳴けば、雄鳥は鳴き去るだろう。だが、雄鳥の装い(準備)を雌鳥が悟って、それに合せて交われば、天が鳥に(嫁ぎを)告げるのである。ゆえに これをトツキノリ(嫁ぎ法)という』

これを聞いた二尊は帰って新たに回ることにし、男は左から回り、女は右から回って互いにアメノアワウタを歌った。

まず、男尊が『あなにゑや うましおとめに 会いぬ』と歌った。
それに女尊が応えて『わなにやし うましをとこに 会いき』と歌った。

こうして二尊が和合した後、アワ(アワ歌・アワ国)を胞衣(基盤)として国々をなした。それは、ヤマト秋津州(本州)、淡路島、伊予阿波二名、隠岐三子、筑紫・吉備の子、佐渡・大島であった。この後、海・川・山の幸をはじめ、木祖のククノチやカヤノヒメ、ノヅチもなった」

日の御子(アマテル)の誕生


カナサキは続けた。

「二尊は、地のアワウタによって治まるハラミノミヤに座し、既に八州の地を生んだ。そして『どうにかして(地を治める)君(日嗣)を生もう』と言い、ヒノカミ(アマテル)を生んだ。その御子の名をウホヒルギもしくはアマテラスヲヲンカミ(天照大御神)と称えた。

二尊は"地を麗しく照り通るクシヒルの子を留めてはおけない"と考えて、御子を天(ヒタカミ)に送った。そして『アメノキ』と『ミハシラノミチ』を御子に奉った。ゆえにハラミ(富士山)をオオヒヤマ(太陽山)とした。また、トヨケは考えて御子にワカヒトという斎名を捧げた」

ツキヨミの誕生


カナサキは続けた。

「また、二尊はツクシに行って生んだ御子をツキヨミのカミと名付けた。そして、日に継ぐように育てるために天(ヒタカミ)に送った」

ヒルコがワカヒルメとなる


カナサキは続けた。

「なお、以前にオヱ・クマのために捨てられたヒルコヒメは、この頃に慈しみに足り至っていた。よって、天(アマテル)のイロト(愛妹)のワカヒルメとなった」

ソサノヲの誕生


カナサキは続けた。

「また、ソサクニ(紀州)にて生んだソサノヲは、常に雄叫び鳴き騒ぎ、国民を挫いた。

ゆえにイサナミは『ソサノヲが世の隈を生すのも、その基は我が汚穢』と民のオヱ・クマを我が身に受けることにした。

そして、民を守るためにクマノミヤを建て、そこに籠った」

二尊の御子の産屋


カナサキは続けた。

「このように、二尊は実心を尽くして一姫三男尊を生み育てた。これにより、君・臣は充実し、さらに民にはトノオシエ(道徳)が教えられた。また、これでも逆らう者はサカホコによってほころばせた。

なお、二柱(二尊)が御子を産む殿(産屋)は次の五つである。

・アマノハラミ(第三子・アマテル)
・ツクバヤマ(第一子・ヒルコ)
・アワヂ(第二子・ヒヨルコ)
・ツキスミ(第四子・ツキヨミ)
・クマノ(第五子・ソサノヲ)」

尊を柱とする理由(鳥居の由来)


また、ツワモノヌシが二尊を柱に例える理由を問うと、カナサキは次のように答えた。

「タマ(瓊)は経(立て)、ヌキ(貫)は潤す、ホコ(矛)も経(絶て)、ゆえにオヱ(汚穢)を滅ぼす二柱なのである」

また、往来する時に通るトリヰ(鳥居)は二尊の象徴であるとも聞いて、各々はヲシテを染めた(書き留めた)。

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注釈


登場人物


・ツワモノヌシ:神社祭神の兵主神に比定。トヨケの子
・カナサキ:神社祭神の住吉神に比定。捨てられたヒルコを拾い上げ、育ての親となった
・イサナギ:『記紀』の伊弉諾尊に比定。七代目の男尊。アワナギの子
・イサナミ:『記紀』の伊弉冉尊に比定。七代目の女尊。トヨウケの子
・ヒルコ:『記紀』の蛭児に比定。二尊の長女。二尊が厄を避けるために捨てられた
・ワカヒルメ:『記紀』の稚日女尊に比定。ヒルコの後の名前。アマテルの愛妹とされた
・ヒヨルコ:『記紀』の蛭児に比定。流産してため淡路島に流された
・ククノチ:『記紀』の句々廼馳に比定。木を守り治める自然神
・カヤノヒメ:『記紀』の草野姫に比定。草花を守り治める自然神
・ノヅチ:『記紀』の野椎に比定。野山に棲む生き物を守り治める自然神
・アマテル:『記紀』の天照大御神に比定。男神。イサナギ・イサナミの御子
・トヨケ:伊勢外宮の豊受大神に比定。イサナミの父。アマテルを教育する
・ツキヨミ:『記紀』の月夜見尊に比定。二尊の二男
・ソサノヲ:『記紀』の素戔嗚尊に比定。アマテルの弟。天を追放されるが後に復帰する

関連知識


鳥居の起源について

ホツマツタヱ21文、ミカサフミ3文、フトマニには「鳥居の起源」について明確に記されています。具体的には、

「トリヰ(鳥居)とは、門の前に設けられる『二本の柱を貫で結ぶ形の境界』であり、二本の柱はイサナギ・イサナミの二尊の『陽陰和合の象徴』であり、二尊を『二柱』とも呼ぶのはこのためである。鳥居には二尊が生んだ神霊であるヤマサ神(八将神)が宿っているとされ、このヤマサ神が『宮の異変を察知するために設けられたシマ(区画)』という意味合いがあり、宮前で飼われるニワトリも『宮の異変を察知するための門(鳥居)』に当たる。鳥居の表には注連縄を結ぶが、これは多くの障りを和らげるもの」

とされています。つまり、鳥居は神域を区切るための「神の区画」として成立したという意義が示されています。

一方、現代の神社学や宗教学においては、鳥居の起源を明確に記した古典は存在しません。『古事記』『日本書紀』『延喜式』といった正史や律令資料にも鳥居の成立事情は記されておらず、考古学的にも「いつ・どこで・どのように生まれたのか」を断定できる資料は見つかっていません。そのため、鳥居の起源については諸説が並立しており、インドのトラーナに由来する説、結界の標識が発展したとする説、門の簡略化とする説などが提示されていますが、いずれも決定的な史料的裏付けを欠いています。

このように、ホツマが鳥居の成立を神意の区画として明確に語っているのに対し、現代の神社知識では鳥居の起源を説明する確定的な文献が存在しないという点に大きな違いがあります。ホツマの記述は、鳥居を「神の働きを示す区画」として位置づける独自の思想を示すものであり、現代の学術的理解とは別系統の伝承として読むことができます。

『記紀』との主な違い(AI分析)


ヒルコ・ヒヨルコ誕生の理由と扱い

ミカサ文では、ヒルコ・ヒヨルコが「アワノフシ(厄年)」による影響で育たず、捨てられた理由が明確に説明される。また、ヒルコは後に拾われてワカヒルメとなるという再生の物語が語られる。一方、『記紀』ではヒルコは「三歳まで足が立たない不具の子」として海に流されるのみで、再登場や救済の物語は存在しない。

婚姻法(トツキノリ)の成立と神意の介在

ミカサ文では、二尊が失敗を重ねた後、天の占い(フトマニ)によって正しい婚姻法(トツキノリ)が示され、セキレイの動作を手本にする理由が体系的に説明される。『記紀』では、イザナギ・イザナミが「女が先に声をかけたために失敗した」とする簡潔な理由のみで、婚姻法の体系的説明はない。

国産みの順序と地理的具体性

ミカサ文では、アワを胞衣として国々が生まれ、ヤマト秋津州・淡路・伊予阿波・隠岐・筑紫・吉備・佐渡・大島など、具体的な地名と順序が明確に示される。『記紀』でも国産みは語られるが、胞衣の概念やアワウタとの関連はなく、地理的説明もミカサほど体系的ではない。

アマテル誕生の位置づけ

ミカサ文では、アマテルは「地を治める君(日嗣)」として意図的に生まれ、光の御子として天(ヒタカミ)に送られ、アメノキとミハシラノミチを授かるという政治的・制度的背景が強調される。『記紀』ではアマテラスはイザナギの禊から生まれ、政治的役割よりも神格の象徴性が中心となる。

ツキヨミ・ワカヒルメの誕生と役割

ミカサ文では、ツキヨミはツクシで生まれ、アマテルと同様に天に送られる。また、ヒルコが成長してワカヒルメとなり、アマテルの妹となるという独自の系譜が語られる。『記紀』ではツクヨミは禊から生まれ、ワカヒルメに相当する存在は登場しない。

ソサノヲ誕生の理由とイサナミの籠り

ミカサ文では、ソサノヲの荒ぶりは「母の汚穢が基」とされ、イサナミが民の災いを引き受けるためにクマノミヤに籠るという倫理的・政治的背景が語られる。『記紀』ではイザナミは火の神を生んで死に、ソサノヲの荒ぶりは母への恋慕とされ、民との関係は語られない。

五つの産屋と鳥居の由来

ミカサ文では、二尊が御子を産んだ五つの殿(アマノハラミ・ツクバヤマ・アワヂ・ツキスミ・クマノ)が明示され、さらにタマ・ヌキ・ホコによって二尊が「柱」とされ、鳥居の由来が説明される。『記紀』では産屋の具体的区分や鳥居の由来は語られない。