現代語訳

・瑞籬(崇神天皇)の39年(上鈴659年)
 ・ヒボコ※が播磨より宍粟に到った
 ・そのとき、(君は)オオトモヌシ(タタネコの孫)とナガオイチを播磨に派遣した
 ・そこでヒボコに素性を問うと、このように答えた
  ・「私は新羅の君のアコ(天子)です
  ・名はアメヒボコといい、弟のチコに国を譲ってやって来ました
  ・ヤツカレ(僕)は聖の君に服従したいと思っています」
 ・これを聞いた二人が帰って報告すると、(君より)「播磨のイテサムラの淡路宍粟にそのまま居れ」との命が下った
  ・これにヒボコは「もし許されるのであれば、住む所を巡り見たいと思います」と申した
  ・その希望を君が許せば、ヒボコは宇治川を上り、アワウミノアナムラに住んだ
  ・また、さらに若狭を巡って但馬に住んだ

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用語解説

・ヒボコ(アメヒボコ):新羅の王子で、天皇より居住の許しを受ける。『記紀』のアメノヒボコに当たる

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原文(漢字読み下し)

・瑞籬(みつかき)の 三十九年(みそこ)ヒボコは
・播磨(はりま)より 到(いた)る宍粟(ししあわ)
・その時(とき)に オオトモヌシと
・ナガオイチ 播磨(はりま)に遣(や)りて
・問(と)はしむる 曰(いわ)く新羅(しらき)の
・君(きみ)の天子(あこ) 名(な)はアメヒボコ
・弟(おと)チコに 国(くに)お譲(ゆつ)りて
・僕(やつかれ)は 聖(ひしり)の君(きみ)に
・服(まつろ)いぬ

・使(つか)い返(かえ)りて
・これお告(つ)く よりて播磨(はりま)の
・出浅群(いてさむら) 淡路宍粟(あわちししあわ)
・ままに居(お)れ ヒホコ申(もふ)さく
・住(す)む所(ところ) 許(ゆる)し給(たま)はは
・巡(めく)り見(み)ん

・君(きみ)許(ゆる)されは
・アメヒボコ 宇治川(うちかわ)上(のほ)り
・アワ海(うみ)の 端群(あなむら)に住(す)む
・また更(さら)に 若狭(わかさ)巡(めく)りて
・住(す)む但馬(たしま)

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現代語訳文の目的・留意点

・この現代語訳は、内容の理解を目的としています
・原文を現代語で理解できるようにするために、原文を現代語に訳して箇条書きで表記しています
・原文や用語の意味などについては「ほつまつたゑ 解読ガイド」をベースにしています
・原文に沿った翻訳を心がけていますが、他の訳文と異なる場合があります(現代語訳の一つと思ってください)
・文献独自の概念に関してはカタカナで表記し、その意味を()か用語解説にて説明しています
・()で囲んだ神名は、その神の別名とされるものです
・()で囲んだ文章は原文には無いものですが、内容を理解し易いように敢えて書き加えています
・人物名や固有名詞、重要な名詞については太字で表記しています
・類似する神名を区別するため、一部の神名を色分けして表記しています
・サブタイトルについては独自に名付けたものであり、原文には無いものです
・原文は訳文との比較の為に載せています(なお、原文には漢字はありません)
・予告なく内容を更新する場合があります